「自分の心に見向きもしないと恥じよ」

昨日の朝刊の運勢欄が心に引っかかっている。わたしは物事について、あれこれ考えたり分析したりが好きで、割とそれでいい気になっていたりもするのだが、自分の心の内を見たくないだけと言われると否定はできない。

今月の100分de名著『夢判断』で、解説の先生が「無意識というのはおぞましいものです」と断言していた。確かに、社会のタブーや法律や、良識に反するような心の動きを見えないように隠しているんだしな。自分ひとりで対峙しようとするにはあまりに怖すぎる。だから精神医学や宗教が必要になるのだろう。

同居に備えてあちこち片付けたり模様替えをしているのだが、部屋のあちこちに元亭主が手を加えているので、原状復帰に四苦八苦している。いっそ丸ごと全部リフォームしたいくらいだ。無理だけど。

そのせいか、最近夢によく奴が登場する。せっかく片付けた部屋に余計なものをごちゃごちゃ持ち込んでご満悦である。ああまたか、とうんざりしながら目が覚める。

元亭主が置いていった細々した物を、今回大量に処分したのだが、せいせいしたと同時に罪悪感もあるのかもしれない。もう少しで銀婚式というところまで一緒に暮らしていたんだから仕方ないか。

やっぱり別れる前に言いたい事を全部言ってやるんだったなあ。そういう後悔もあるんだろう。まあ今更遅いんだけどさ。

気を取り直してリビングを見渡す。かなり物が減ってすっきりした部屋になった。

実家の家具を置いたらずいぶん印象が変わるだろう。よしこの調子でいくぜ。